教育に一石を投じる
もう、待ったなしである
2013年6月22日、第37回ユネスコ世界遺産委員会において、富士山は世界文化遺産に登録された。さらに2013年9月7日、第125次IOC 総会で、東京が2020年のオリンピック開催都市に選ばれた。
2016年の今、あれから3年が経とうとしている。あれから日本は何が変わっただろうか?
これからは今まで以上に世界中から日本が注目を浴びることは容易に想像がつく。異なる価値観を持つ相手とコミュケーションするのが苦手な日本人、グループで問題解決することが不得意な日本人。現在の「考えること」をないがしろにされた教育を受けている子どもたちが、この状況を受け入れられるだろうか。もう、待ったなしである。何よりも優先して、考える力を育むために国語力の鍛錬に励むべきである。今こそ日本も教育も変わるときではないだろうか。
「学力」よりも「学習意欲」の低下対策を講じる
国際教育到達度評価学会(IEA)による「2012 国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」によると、小学4 年生の理数が過去最高点をとったとして、ゆとり教育からの脱却の成果だと報じられたことが国民に希望と勇気を与えてくれた。しかし、調査を行った日本の小学4年生と中学2 年生の「勉強への楽しさ」「勉強への積極性」の回答は、国際的に見て依然として低いことが浮き彫りになっている。
今の日本は「学力低下」よりも「学習意欲」の低下を論ずる必要があるのだ。子供の学習意欲がないのに授業時間数を増やしたり、教員数を増やしても得策とは言えないのではないだろうか。学習への関心や意欲があって、はじめて学力が向上していくことが基本的な考え方であり、量的な対応に終始して、本質を踏まえていなかったり、指導クオリティーが守られていなかったとしたら、本当の学力は向上していかない。
勉強の先にあるものを示す
では、学習意欲を高めるためにはどうしたらいいのか?それには、将来像を示してあげればいい。今、目の前にある勉強に一生懸命に取り組むと、この先こんな将来があるといった具合に、勉強と将来をつなげてあげる。そのことを大人が熱く語り聞かせてあげるのだ。しかも地域全体で、町をあげて、県下一斉に。きっと勉強をすることをポジティブに捉えるようになるだろう。
励ましと支援
現在の受験は詰め込み式で、ともかく教えられたことを記憶すればいい。そして、記憶したことを正確に試験で発揮すれば、点数がとれるということになる。はたしてこれが学力と言えるかは、論をまたない。このような学力をいくら高めても、意欲的に人生を切り開いていく力は身につかない。「自分はこれをやりたい」「自分の人生をどうしたい」といった願望を小中学生から引き出す教育がどうしても必要だ。そのためには、「自分で努力しなさい。きっと君の望みは叶うから」「君にやる気があるのなら、ヒントをあげよう」というように、周囲が励ましと支援を与える環境を整えてあげる必要がある。
静岡県の学力の低さは点数至上主義が原因
詰め込み式の教育というのは、正解を得るためのテクニックだけを発達させる面がある。子供たちはそのテクニックを身につける競争に参加を余儀なくされ、考えることは二の次にされてしまっている。これでは、子どもたちは自分で将来像を描きにくく、社会に出たときに答えを見つけられず困ってしまう。なぜなら社会では、新しい問題、答えのない世界に立ち向かっていく能力が求められるからだ。静岡県が全国学力テストランキングにおいて国語で最下位をとってしまったのは、県内に蔓延している点数至上主義という短絡的な教育観と受験観が起因していることを自覚しなければならない。
このような点数至上主義から脱却し、本当の学力でもある「考える力」を小学生のうちから磨くべきである。家で本を読むこと、子供が興味を持つ物をとことんやらせてあげること、季節の移り変わりを家族で楽しみ五感を磨くことといった日々の経験が大事である。なぜなら、これらの経験が「考える力」につながるからである。まずは、国語力を磨くことに力を入れ、社会に通用する子供を育てる一助になることが、まなび研究所の使命と捉え、邁進していきたい。
2016/04/20 Category | blog